2010年09月02日
Amazon出張8 - Tomé-Açu3 -
Tomé-Açu訪問の続きです。
街の中心、Quatro Bocasの幹線道路をBelémと逆方向に向かうと、
舗装された道路はトメアス農協(CAMTA)のジュース工場のすぐ先で途切れ、
赤土の地道に入ります。ここから先が農場エリアです。

農場は、CAMTAのカリスマ農業技術担当理事、小長野道則さんに、
貴重なお時間を頂き、ご案内頂きました。
小長野さんは、幼い頃にブラジルに移民してきた所謂準2世にあたります。
前述のとおり、農業技術担当理事として、アグロフォレストリーの
技術指導や講演のため、大忙しの日々を送られています。
以前に記事に書いた、Manicoréのアグロフォレストリー農場を
指導されたのも、小長野さんです。
アグロフォレストリーとは、前の記事にも書いたとおり、
単一栽培による病気や価格下落のリスクを回避し、
安定した収入を得るため、異なる作物を自然に近い秩序で
栽培する農法のこと。
その農場を、年月が浅い順に見せていただきました。

これが、アグロフォレストリー3年目の農場の姿。
並んで植わっているのは、胡椒です。この胡椒の間に、
バナナやカカオなど、収穫時期や必要な光の量、寿命が異なる植物を、
計画的に組み合わせて配置していきます。
この農法では、前述の通り「極めて自然に近い状態」で収穫を得られるように
栽培を行うため、時間が経てば経つほど、以前トメアスを襲った
単一栽培における病害虫の大発生のようなリスクは減っていきます。
ただ、小長野さん曰く、「3年目までは少しの農薬は必要。すべて
オーガニックというのは無理。でも、準オーガニックなら実現できる。」
とのこと。やはり人が食っていくための活動は、自然に対して
多少の我慢はしてもらわなければならないよう。
そして、この写真の左側が、更に約5年後の姿↓↓

ちょっと見えづらいですが、パッと見の様相がかなり異なってきます。
この状態になると、必要なところに光が当たるようになりつつも、
落ち葉のおかげもあって、雑草は殆ど生えなくなり、そして農薬が要らなくなり、
その結果、土も自然に肥えていくのだそう。そして収穫は、
その時の市場の値段を見計らってできるようになるとのこと。
「8年で軌道に乗ります。ボロ儲けはしないけど、こうなると、
生活が確立できる。生きていかなければならない中で、
また生活費が上がっていったりする中で、生産性と品質、
市場の関係、そして将来を考えて、その土地に居座ってできる
面白い農業をやる、これが大事です。」と、小長野さん。
ここに、自分たちが居る現在経済の仕組みの中で、
つつましく、且つ楽しく生きていくための重要なヒントが、
沢山詰まっているなと感じました。
そしてこれが、感動的な35年目の農場の姿です↓↓

見た目は、もう完全に森です。よ〜く見ないと、農場的な
秩序は見えません。こうなると、農場の手入れとしては
「人が、自分の髪が伸びたら髪を切るように」光が
当たるように手入れをすれば良いだけ、とのこと。
例えば20歳からこの農法の農場を始めたら、うまくいけば
55歳でこの状態になると考えると、60歳で定年退職して、
65歳まで年金が貰えない現在の日本より、現物が採れる分
ずっと安定的で、魅力的なキャリアに見えます。
小長野さんの農場にもお邪魔しました↓↓

この農場も、もうずいぶん月日が経っています。
考え事がある時はここでされるそう。
「poupança(貯蓄用貯金)として、マホガニーの木
(建材として高値で売れる) を植えています。」
というお話は、ともすれば紙切れになりえる紙幣にほぼ全てを
託している自分にとっては非常に考えさせられるものはありました。

小長野農場のカカオ。ただただ美しいです。
小長野さんは、地元で芋などを単一栽培していたブラジル人零細農家も
巻き込んで、プロジェクトを作ってアグロフォレストリー普及の
指導をされています。
「何でそんなところにお金を使うんだという人もいます。
でも、トメアスは自分たち日系人だけで成功したわけじゃない。
ブラジルの土地の恵を受けてここまで来ることができたんです。
だから、恩返しをしなければいけない。その結果、CAMTAが
成長していくことができればそれが最高だし、その結果、もっと
森を蘇らせることができます。」と小長野さん。

↑そして、これがCAMTAのジュース工場で加工された冷凍果肉です。
「自分たちが営業に行かなくても売れる」と、坂口理事長。
たった2日間でしたが、文協、農協、農場、工場を見て、
改めてトメアスを見ると、ド素人でも、積み重ねてきた歴史の重みを
ずっしりと感じることができました。
「(マラリアで)毎日葬式やってた時期もあった」という時代から、
ここまで人を惹きつける社会の仕組みが出来たことは、その歴史を知れば
知るほど本当に感動的です。そして、それが日系人の手によるものだ
ということは、私たち現代の日本人に、もの凄い勇気を与えてくれます。
そして、ここには金融危機などで経済的に未だに安定しない世の中で、
しっかり土地に根を下ろして強く生きていくためのヒントもふんだんにあります。
現在トメアス農協は、日本が誇る菓子メーカー明治製菓に、
カカオを供給しています。移民当時はなかなか根付かなかったカカオが、
80余年を経て、明治製菓のチョコレートになる日がすぐ近くに来ています。
今回滞在中も、明治製菓の2名の若い研究員の方にお会いしました。
農協の、南拓時代の建物で、若い研究員の方々が汗を流しながら
働く姿は、本当に感動的な光景でした。

小長野さんから、
「村上さん、2日じゃ全然足りませんね。また勉強しに来てください。」
と、最後に一言。半分突撃レベルでお邪魔したトメアスですが、
今後は個人的にももっと深く関わっていきたいと心から思えるような、
素晴らしい旅となりました。
私がトメアスを後にした夜は、年に1度の盆踊りがありました。
出られなくて本当に悔しい思いをしたので、
来年は、必ず出席しようと思います。
街の中心、Quatro Bocasの幹線道路をBelémと逆方向に向かうと、
舗装された道路はトメアス農協(CAMTA)のジュース工場のすぐ先で途切れ、
赤土の地道に入ります。ここから先が農場エリアです。
農場は、CAMTAのカリスマ農業技術担当理事、小長野道則さんに、
貴重なお時間を頂き、ご案内頂きました。
小長野さんは、幼い頃にブラジルに移民してきた所謂準2世にあたります。
前述のとおり、農業技術担当理事として、アグロフォレストリーの
技術指導や講演のため、大忙しの日々を送られています。
以前に記事に書いた、Manicoréのアグロフォレストリー農場を
指導されたのも、小長野さんです。
アグロフォレストリーとは、前の記事にも書いたとおり、
単一栽培による病気や価格下落のリスクを回避し、
安定した収入を得るため、異なる作物を自然に近い秩序で
栽培する農法のこと。
その農場を、年月が浅い順に見せていただきました。
これが、アグロフォレストリー3年目の農場の姿。
並んで植わっているのは、胡椒です。この胡椒の間に、
バナナやカカオなど、収穫時期や必要な光の量、寿命が異なる植物を、
計画的に組み合わせて配置していきます。
この農法では、前述の通り「極めて自然に近い状態」で収穫を得られるように
栽培を行うため、時間が経てば経つほど、以前トメアスを襲った
単一栽培における病害虫の大発生のようなリスクは減っていきます。
ただ、小長野さん曰く、「3年目までは少しの農薬は必要。すべて
オーガニックというのは無理。でも、準オーガニックなら実現できる。」
とのこと。やはり人が食っていくための活動は、自然に対して
多少の我慢はしてもらわなければならないよう。
そして、この写真の左側が、更に約5年後の姿↓↓
ちょっと見えづらいですが、パッと見の様相がかなり異なってきます。
この状態になると、必要なところに光が当たるようになりつつも、
落ち葉のおかげもあって、雑草は殆ど生えなくなり、そして農薬が要らなくなり、
その結果、土も自然に肥えていくのだそう。そして収穫は、
その時の市場の値段を見計らってできるようになるとのこと。
「8年で軌道に乗ります。ボロ儲けはしないけど、こうなると、
生活が確立できる。生きていかなければならない中で、
また生活費が上がっていったりする中で、生産性と品質、
市場の関係、そして将来を考えて、その土地に居座ってできる
面白い農業をやる、これが大事です。」と、小長野さん。
ここに、自分たちが居る現在経済の仕組みの中で、
つつましく、且つ楽しく生きていくための重要なヒントが、
沢山詰まっているなと感じました。
そしてこれが、感動的な35年目の農場の姿です↓↓
見た目は、もう完全に森です。よ〜く見ないと、農場的な
秩序は見えません。こうなると、農場の手入れとしては
「人が、自分の髪が伸びたら髪を切るように」光が
当たるように手入れをすれば良いだけ、とのこと。
例えば20歳からこの農法の農場を始めたら、うまくいけば
55歳でこの状態になると考えると、60歳で定年退職して、
65歳まで年金が貰えない現在の日本より、現物が採れる分
ずっと安定的で、魅力的なキャリアに見えます。
小長野さんの農場にもお邪魔しました↓↓
この農場も、もうずいぶん月日が経っています。
考え事がある時はここでされるそう。
「poupança(貯蓄用貯金)として、マホガニーの木
(建材として高値で売れる) を植えています。」
というお話は、ともすれば紙切れになりえる紙幣にほぼ全てを
託している自分にとっては非常に考えさせられるものはありました。
小長野農場のカカオ。ただただ美しいです。
小長野さんは、地元で芋などを単一栽培していたブラジル人零細農家も
巻き込んで、プロジェクトを作ってアグロフォレストリー普及の
指導をされています。
「何でそんなところにお金を使うんだという人もいます。
でも、トメアスは自分たち日系人だけで成功したわけじゃない。
ブラジルの土地の恵を受けてここまで来ることができたんです。
だから、恩返しをしなければいけない。その結果、CAMTAが
成長していくことができればそれが最高だし、その結果、もっと
森を蘇らせることができます。」と小長野さん。
↑そして、これがCAMTAのジュース工場で加工された冷凍果肉です。
「自分たちが営業に行かなくても売れる」と、坂口理事長。
たった2日間でしたが、文協、農協、農場、工場を見て、
改めてトメアスを見ると、ド素人でも、積み重ねてきた歴史の重みを
ずっしりと感じることができました。
「(マラリアで)毎日葬式やってた時期もあった」という時代から、
ここまで人を惹きつける社会の仕組みが出来たことは、その歴史を知れば
知るほど本当に感動的です。そして、それが日系人の手によるものだ
ということは、私たち現代の日本人に、もの凄い勇気を与えてくれます。
そして、ここには金融危機などで経済的に未だに安定しない世の中で、
しっかり土地に根を下ろして強く生きていくためのヒントもふんだんにあります。
現在トメアス農協は、日本が誇る菓子メーカー明治製菓に、
カカオを供給しています。移民当時はなかなか根付かなかったカカオが、
80余年を経て、明治製菓のチョコレートになる日がすぐ近くに来ています。
今回滞在中も、明治製菓の2名の若い研究員の方にお会いしました。
農協の、南拓時代の建物で、若い研究員の方々が汗を流しながら
働く姿は、本当に感動的な光景でした。
小長野さんから、
「村上さん、2日じゃ全然足りませんね。また勉強しに来てください。」
と、最後に一言。半分突撃レベルでお邪魔したトメアスですが、
今後は個人的にももっと深く関わっていきたいと心から思えるような、
素晴らしい旅となりました。
私がトメアスを後にした夜は、年に1度の盆踊りがありました。
出られなくて本当に悔しい思いをしたので、
来年は、必ず出席しようと思います。
2010年08月29日
Amazon出張7 - Tomé-Açu2 -
Tomé-Açuへの道のりは朝4時起床で始まります。
夜明け前にBelémのHotelからマイクロバスが出発。
街が森になっていき、途中で川を渡るフェリーに乗り、
また森の中を走る。


丁度5時間程で到着です。人口約4万8千人の街は、
こんな感じのところ↓↓

ここがトメアスの中心Quatro Bocas。
このQuatro Bocasの幹線道路の先に、
トメアス農協と、文化協会があります。

↑これがトメアスの文化協会。この建物の中には非常によくできた
トメアス移住地の資料室があり、濃い歴史を語ってくれます。


↑そしてこれが、トメアス農協(CAMTA)の建物。
どちらも、南米拓殖株式会社(通称南拓)時代のもの。
ちゃんと、州政府に保存指定されているとのことです。
下の建物は現在胡椒倉庫になっていますが、昔はここが文協だったそうで、
日本の映画の上映会など、しょっちゅうここで集会を行っていたとのこと。
こんな建物はもう日本にも殆ど残っていないのでしょうか。
長くなりそうなので、ここから先は、また次回。
次回は、農場見学とジュース工場見学です。
夜明け前にBelémのHotelからマイクロバスが出発。
街が森になっていき、途中で川を渡るフェリーに乗り、
また森の中を走る。
丁度5時間程で到着です。人口約4万8千人の街は、
こんな感じのところ↓↓
ここがトメアスの中心Quatro Bocas。
このQuatro Bocasの幹線道路の先に、
トメアス農協と、文化協会があります。
↑これがトメアスの文化協会。この建物の中には非常によくできた
トメアス移住地の資料室があり、濃い歴史を語ってくれます。
↑そしてこれが、トメアス農協(CAMTA)の建物。
どちらも、南米拓殖株式会社(通称南拓)時代のもの。
ちゃんと、州政府に保存指定されているとのことです。
下の建物は現在胡椒倉庫になっていますが、昔はここが文協だったそうで、
日本の映画の上映会など、しょっちゅうここで集会を行っていたとのこと。
こんな建物はもう日本にも殆ど残っていないのでしょうか。
長くなりそうなので、ここから先は、また次回。
次回は、農場見学とジュース工場見学です。
2010年08月25日
Amazon出張6 - Tomé-Açu1 ー
アマゾン出張最後の目的地は、Belémから約230kmの、
現在世界から注目を集める日系コロニア、Tomé-Açuです。
この移住地には1920年代にまでさかのぼる、長く濃い歴史があります。
1928年に南米拓殖株式会社(南拓)が設立され、その翌年にアマゾン入植が開始。
1929年と言えばのアメリカ発の世界恐慌、それに加えマラリアで多数の
死者を出すなど、散々な苦労しながら、現在の「トメアス総合農業協同組合」の
歴史の始まりとなる農協を設立し、カカオや野菜、米の栽培、流通に奮闘。
しかしその後、第二次世界大戦が勃発、枢軸国の人間がトメアスに隔離され、
農協の財産も没収されるという事態に。
しかし終戦後、農協を再設立、自前で船まで建造し、農作物をベレンに送りながら、
組合活動を継続。そんな中、シンガポールから持ち込まれた2本の胡椒の苗から
始まった胡椒栽培が丁度胡椒景気に乗り、大きな富をもたらしたものの、
なんと胡椒の根腐れ病が大発生。収入の殆どを胡椒に頼っていたトメアスの
農家は方針の転換を余儀なくされます。そんな荒波のような歴史の中で、
編み出されたのが、「森を作る混植農業・アグロフォレストリー」です。
現在のトメアス農協の坂口理事長のお父様が、根腐病時代にIndioの畑を視察し、
「様々な果物の木が一見無造作で雑然と植えられていたが、
よく見ると自然の植生にもよく似た生態的構成を成す畑の姿」
に気付き、
「その姿こそ、アマゾンの自然の摂理にかない、人に豊かさを
もたらして止むことのない理想的なかたちの畑である」
と確信。
単一栽培によって起こる病気と価格下落によるリスクを回避し、
より自然に近い形でより経済的に農業を持続できるその農法に至ったのだそう。
現在のトメアスは、アグロフォレストリーシステムで、
クプアス、パッションフルーツ、グァバ、アセロラ、
日本でも最近よく見かけるアサイ、そして入植当初は
期待されながらもなかなか根付かなかったカカオを主力として栽培しています。
トメアス農協の取り組みとして非常に面白く魅力的なのは、
主力栽培しているトロピカルフルーツを、農家から安定した
価格で買い取り、トメアス農協が設立したジュース工場で搾汁、
冷凍果肉に加工し、付加価値をつけて販売していること。
これにより、農家が加工業者などに搾取されることなく、
コミュニティ全体が、その魅力的な農法と一緒に、安定的に
発展していける仕組みができているところが、農法だけでなく、
トメアスが世界中から注目を集める理由です。
トメアスでの滞在は、たったの2日間でしたが、
その2日間だけでも、この移住地の現在の魅力を深く知ることができました。
次回は、写真でその魅力を解説していきます。
【トメアスのもっと詳細な歴史、詳しくはこちら↓↓】
http://tome-acu.hp.infoseek.co.jp/history1.htm
http://nipo-brasil.org/tokuho/amazon%20tokushu%2080-fs.html
現在世界から注目を集める日系コロニア、Tomé-Açuです。
この移住地には1920年代にまでさかのぼる、長く濃い歴史があります。
1928年に南米拓殖株式会社(南拓)が設立され、その翌年にアマゾン入植が開始。
1929年と言えばのアメリカ発の世界恐慌、それに加えマラリアで多数の
死者を出すなど、散々な苦労しながら、現在の「トメアス総合農業協同組合」の
歴史の始まりとなる農協を設立し、カカオや野菜、米の栽培、流通に奮闘。
しかしその後、第二次世界大戦が勃発、枢軸国の人間がトメアスに隔離され、
農協の財産も没収されるという事態に。
しかし終戦後、農協を再設立、自前で船まで建造し、農作物をベレンに送りながら、
組合活動を継続。そんな中、シンガポールから持ち込まれた2本の胡椒の苗から
始まった胡椒栽培が丁度胡椒景気に乗り、大きな富をもたらしたものの、
なんと胡椒の根腐れ病が大発生。収入の殆どを胡椒に頼っていたトメアスの
農家は方針の転換を余儀なくされます。そんな荒波のような歴史の中で、
編み出されたのが、「森を作る混植農業・アグロフォレストリー」です。
現在のトメアス農協の坂口理事長のお父様が、根腐病時代にIndioの畑を視察し、
「様々な果物の木が一見無造作で雑然と植えられていたが、
よく見ると自然の植生にもよく似た生態的構成を成す畑の姿」
に気付き、
「その姿こそ、アマゾンの自然の摂理にかない、人に豊かさを
もたらして止むことのない理想的なかたちの畑である」
と確信。
単一栽培によって起こる病気と価格下落によるリスクを回避し、
より自然に近い形でより経済的に農業を持続できるその農法に至ったのだそう。
現在のトメアスは、アグロフォレストリーシステムで、
クプアス、パッションフルーツ、グァバ、アセロラ、
日本でも最近よく見かけるアサイ、そして入植当初は
期待されながらもなかなか根付かなかったカカオを主力として栽培しています。
トメアス農協の取り組みとして非常に面白く魅力的なのは、
主力栽培しているトロピカルフルーツを、農家から安定した
価格で買い取り、トメアス農協が設立したジュース工場で搾汁、
冷凍果肉に加工し、付加価値をつけて販売していること。
これにより、農家が加工業者などに搾取されることなく、
コミュニティ全体が、その魅力的な農法と一緒に、安定的に
発展していける仕組みができているところが、農法だけでなく、
トメアスが世界中から注目を集める理由です。
トメアスでの滞在は、たったの2日間でしたが、
その2日間だけでも、この移住地の現在の魅力を深く知ることができました。
次回は、写真でその魅力を解説していきます。
【トメアスのもっと詳細な歴史、詳しくはこちら↓↓】
http://tome-acu.hp.infoseek.co.jp/history1.htm
http://nipo-brasil.org/tokuho/amazon%20tokushu%2080-fs.html
2010年08月13日
Amazon出張5 - Belémに移動 -
Manausを後にし、生まれて初めてのBelémへ移動です。

Manaus発、深夜1時半発のフライト。
移動を睡眠時間として宿代を浮かす作戦で、
わざわざSantarém経由で3時間のフライトを
選んだのですが、これがダメだった。
国内線の飛行機の座席は感覚が狭く、
寝られたもんじゃありませんでした。
ほぼ徹夜状態で臨んだBelém。
目的は、社団法人であった前身団体の時代に
引き受けて頂いた研修先の方々へのご挨拶でした。
前身団体のBelém研修生が軒並みお世話になった、
Belémの重鎮、北島さんは、初対面にも関わらず、
訪問前から非常に良くしてくださり、たった1日で、
Belémでお会いしたかった方に全員お会いすることができたのでした。
色々な方とお会いする中でも印象的だったのは、
自分の同期が帰国後、ずっと引受人に手紙を書き続けていたこと。
引受人の奥様から「あんなに成長が見られる人は他にいません」
というお話を伺い、自分が全然知らなかった同期の努力に、
彼女の研修地であったBelémで人伝いに触れて、
彼女のおかげで開けるかもしれない将来の可能性に、
凄く感謝しました。
過去の研修生の話を伺う中で、
今回の出張で新しい人と知り合えたのは、
脈々と続いてきた団体の歴史と、人のつながりがあってこその
ものなのだということを再認識。Belémは少しの間
研修生がおらず、一時的に線が切れた状態でしたが、
人の温かさに触れて、これは是非また繋げなければと思いました。
日本の会社を辞めてしまうという、なかなか勿体ないことはしましたが、
Belémでは、この仕事に就けて良かったなぁと思う瞬間が沢山ありました。
世の中、やっぱり人間関係です。
Belémの仕事での滞在は1日。
次は、世界から注目を集める日系コロニア、Tomé-Açuに向かいます。

Manaus発、深夜1時半発のフライト。
移動を睡眠時間として宿代を浮かす作戦で、
わざわざSantarém経由で3時間のフライトを
選んだのですが、これがダメだった。
国内線の飛行機の座席は感覚が狭く、
寝られたもんじゃありませんでした。
ほぼ徹夜状態で臨んだBelém。
目的は、社団法人であった前身団体の時代に
引き受けて頂いた研修先の方々へのご挨拶でした。
前身団体のBelém研修生が軒並みお世話になった、
Belémの重鎮、北島さんは、初対面にも関わらず、
訪問前から非常に良くしてくださり、たった1日で、
Belémでお会いしたかった方に全員お会いすることができたのでした。
色々な方とお会いする中でも印象的だったのは、
自分の同期が帰国後、ずっと引受人に手紙を書き続けていたこと。
引受人の奥様から「あんなに成長が見られる人は他にいません」
というお話を伺い、自分が全然知らなかった同期の努力に、
彼女の研修地であったBelémで人伝いに触れて、
彼女のおかげで開けるかもしれない将来の可能性に、
凄く感謝しました。
過去の研修生の話を伺う中で、
今回の出張で新しい人と知り合えたのは、
脈々と続いてきた団体の歴史と、人のつながりがあってこその
ものなのだということを再認識。Belémは少しの間
研修生がおらず、一時的に線が切れた状態でしたが、
人の温かさに触れて、これは是非また繋げなければと思いました。
日本の会社を辞めてしまうという、なかなか勿体ないことはしましたが、
Belémでは、この仕事に就けて良かったなぁと思う瞬間が沢山ありました。
世の中、やっぱり人間関係です。
Belémの仕事での滞在は1日。
次は、世界から注目を集める日系コロニア、Tomé-Açuに向かいます。
2010年08月05日
Amazon出張4 ー Manausの市場 -
Manausでは、時間を見つけて港の近くの市場に出かけました。

正式には、Mercado Municipal Adolpho Lisboaというのだそう。
19世紀後半のゴム景気時代に出来た遺産の1つで、パリの中央市場を
模して建てられたそうな。残念ながら、この時は改修工事中でした。
工事はあと2年かかるそう(長!)。現在はすぐ近くの仮の場所で営業しています。
その隣の別棟の魚介と肉と野菜と果物の市場。
中はこんな感じになっています↓↓

この市場の名物といったら、かの有名な川魚、ピラルクも売っている
魚市場なんですが、仕事の都合もあり、15時頃の魚市場には
魚が殆どありませんでした。次回は是非旅行で!
それでも他のところで結構楽しめました。
熱帯といえば。バナナ。結構でかい↓↓

スイカ↓↓

エビ↓↓

現地料理に欠かせないJambuという葉。カブの葉みたい。
沢山食べると舌にピリッときます↓↓

炭酸で有名な、ガラナの実↓↓
1kgでR$40は、安いのか・・・??

ヒヨコ↓↓

イヌ↓↓

と、こんな感じで商品によって売り場が別れているのですが、
中でも一際異彩を放っていた売り場がここ↓↓


所謂、アマゾン地域でとれる薬草系の食品や薬品を売っているところ。
小瓶や小袋に入った、なんだかよくわからない怪しい商品が
所狭しと並んでいます。
これは所謂、媚薬というモノかと↓↓

サメ?の絵が怪しさをより強力なものにしています。
中の液体がちょっと濁ってるのが余計怪しい。
ラベルは大抵コピーを貼り付けただけのもので、
もともとアマゾンフィルターがかかっているサンパウロの田舎者には、
より一層怪しく見えます。効力や、いかに。
あ、勿論買ってません・・・。
最初は何だか全くよく分からなかったけれど、じっくり見てみると
面白かったのが、お茶↓↓

お茶って言うか、葉っぱとか枝とか根っことかを入れただけ、という感じ。
ラベルを見ても、見たことが無い単語(しかもIndio由来系)で、
それが何なんだかサッパリわかりません。
効力を説明されても、よくわからないし、なんせアマゾンフィルターが
かかっているので、効き過ぎたら怖い、という余計な心配もしてみたり。
これなんか、効力ありすぎ。↓↓

【Saracura-Mira(アメリカノウゼンカズラ・・・辞書見てもわからない)】
・マラリア
・肝炎
・潰瘍、癌
・精力減退
・不眠
・不安
・記憶力回復
・・・ちょっと話をデカくしていたとしても、凄い効き目です。
こんな感じで、何か買って帰りたい思うものの、名前がわからないモノを
飲んでみる勇気もなく(なんてったってアマゾンだし)、結局、日本でも
結構名は知れているNoniのお茶を購入↓↓

これも木のかけらが入っているだけのもの。R$5。
お味は・・・美味しい!とガブガブ飲めるもんでもない、といったところでしょうか。
でも毎日飲んでます。良薬口に苦し、の境地。
次回は名前が分からないものも買ってみようかと。
市場の周りの景色も、印象的でした。

こういう景色って、マナウスならではな気がします。
かなり古いフォード↓↓。カッコいい。

かなり狭いスペースで営業している床屋。↓↓

例えば沖縄に行ったら「沖縄っぽいもの」を探してしまうように、
アマゾン地域に来ると、「アマゾンっぽいもの」をつい探してしまいます。
それって完全にステレオタイプなんですが、それはそれで楽しいので良し、
としつつ、徐々にその浮き足だった視点がとっぱらわれるようになると、
この街はどう見えてくるのかな、と。
いずれにしても「アマゾン」って言ったって、ちょっと仕事で
通りすがっただけでは、アマゾンはやっぱり漠然とアマゾンでしかない、と言うか。
「ブラジル」と同じで、つかみどころがなく、大きいもの、
ということだけは、なんとなく理解できた、といった塩梅でしょうか。
旅はまだまだ続きます。
正式には、Mercado Municipal Adolpho Lisboaというのだそう。
19世紀後半のゴム景気時代に出来た遺産の1つで、パリの中央市場を
模して建てられたそうな。残念ながら、この時は改修工事中でした。
工事はあと2年かかるそう(長!)。現在はすぐ近くの仮の場所で営業しています。
その隣の別棟の魚介と肉と野菜と果物の市場。
中はこんな感じになっています↓↓
この市場の名物といったら、かの有名な川魚、ピラルクも売っている
魚市場なんですが、仕事の都合もあり、15時頃の魚市場には
魚が殆どありませんでした。次回は是非旅行で!
それでも他のところで結構楽しめました。
熱帯といえば。バナナ。結構でかい↓↓
スイカ↓↓
エビ↓↓
現地料理に欠かせないJambuという葉。カブの葉みたい。
沢山食べると舌にピリッときます↓↓
炭酸で有名な、ガラナの実↓↓
1kgでR$40は、安いのか・・・??
ヒヨコ↓↓
イヌ↓↓
と、こんな感じで商品によって売り場が別れているのですが、
中でも一際異彩を放っていた売り場がここ↓↓
所謂、アマゾン地域でとれる薬草系の食品や薬品を売っているところ。
小瓶や小袋に入った、なんだかよくわからない怪しい商品が
所狭しと並んでいます。
これは所謂、媚薬というモノかと↓↓
サメ?の絵が怪しさをより強力なものにしています。
中の液体がちょっと濁ってるのが余計怪しい。
ラベルは大抵コピーを貼り付けただけのもので、
もともとアマゾンフィルターがかかっているサンパウロの田舎者には、
より一層怪しく見えます。効力や、いかに。
あ、勿論買ってません・・・。
最初は何だか全くよく分からなかったけれど、じっくり見てみると
面白かったのが、お茶↓↓
お茶って言うか、葉っぱとか枝とか根っことかを入れただけ、という感じ。
ラベルを見ても、見たことが無い単語(しかもIndio由来系)で、
それが何なんだかサッパリわかりません。
効力を説明されても、よくわからないし、なんせアマゾンフィルターが
かかっているので、効き過ぎたら怖い、という余計な心配もしてみたり。
これなんか、効力ありすぎ。↓↓
【Saracura-Mira(アメリカノウゼンカズラ・・・辞書見てもわからない)】
・マラリア
・肝炎
・潰瘍、癌
・精力減退
・不眠
・不安
・記憶力回復
・・・ちょっと話をデカくしていたとしても、凄い効き目です。
こんな感じで、何か買って帰りたい思うものの、名前がわからないモノを
飲んでみる勇気もなく(なんてったってアマゾンだし)、結局、日本でも
結構名は知れているNoniのお茶を購入↓↓
これも木のかけらが入っているだけのもの。R$5。
お味は・・・美味しい!とガブガブ飲めるもんでもない、といったところでしょうか。
でも毎日飲んでます。良薬口に苦し、の境地。
次回は名前が分からないものも買ってみようかと。
市場の周りの景色も、印象的でした。
こういう景色って、マナウスならではな気がします。
かなり古いフォード↓↓。カッコいい。
かなり狭いスペースで営業している床屋。↓↓
例えば沖縄に行ったら「沖縄っぽいもの」を探してしまうように、
アマゾン地域に来ると、「アマゾンっぽいもの」をつい探してしまいます。
それって完全にステレオタイプなんですが、それはそれで楽しいので良し、
としつつ、徐々にその浮き足だった視点がとっぱらわれるようになると、
この街はどう見えてくるのかな、と。
いずれにしても「アマゾン」って言ったって、ちょっと仕事で
通りすがっただけでは、アマゾンはやっぱり漠然とアマゾンでしかない、と言うか。
「ブラジル」と同じで、つかみどころがなく、大きいもの、
ということだけは、なんとなく理解できた、といった塩梅でしょうか。
旅はまだまだ続きます。
2010年08月03日
Amazon出張3 - Manicoré -
片道14時間の船旅の末、ようやく到着したManicoré。
この街では、特定非営利活動法人
「HANDS (Health and Development Service)」の
ブラジルプロジェクトリーダーで、(社)日本ブラジル交流協会のOBでもある、
定森さんが引受人となり、HANDSインターン生として、研修生ヤザワくんが、
保健衛生・健康知識の普及活動を行っています。
詳しい活動内容はこちらから↓↓
【HANDS】
http://www.hands.or.jp/index.shtml
【ブラジルプロジェクト】
http://www.hands.or.jp/pagesj/05_act_develop/brazil.html
【ヤザワくんも執筆中、スタッフ便り】
http://hands2006.blog46.fc2.com/blog-entry-257.html#more
活動範囲は、Manicoré市街を拠点に、行きの船で見かけたような、
さらに小さな街(遠隔地)までとかなり広範囲。移動はモーターボートとのこと。
目的は研修地の視察なので、本当は遠隔地も見たかったのですが、
船の関係で2泊3日(活動日実質1日)の強行スケジュールだと、
さすがにその願いは叶わず、主にManicoré市街を見せて頂きました。
Manicoré市街は人口約4万人の街で、「南北に3km、東西2km」
ということで、およそ「São PauloのGuarulhos国際空港の滑走路と
ターミナルビルを入れたくらいの面積」と考えて、あまり間違いでは
ないのではないか、という規模の街です。
「アマゾン川を船で14時間」という字面を見ると、どんな僻地かと
思ってしまうところですが、市街地は意外と普通の街。

Centro(中心地)を下るとすぐ港↓↓

Centroからすぐのところに、住居兼、活動拠点がありました。

既に6年以上になる活動の拠点は、既に街の人が頻繁に出入りする
長屋状態。「あの子、どこの子?」という子どもがひっきり無しに
出入りしている微笑ましい状態でした。
初日、夜の20時過ぎにManicoréに到着。
とりあえず、元気なヤザワくんと再会し一安心。
定森さんとも久々の再会を果たし、少しばかり
話をしてとりあえず就寝。
翌日、長屋状態のリビングからの子どもの声で起床。
保健衛生活動の他の、もう1本の活動の柱である、
「アグロフォレストリー(森林農業)」の拠点を見学させて頂くべく、
郊外の実験農場へとお邪魔しました。

アグロフォレストリーとは、ざっくり言うと、
「その土地の森林と生態系を生かしながら、多様な作物を育てる農法」。
もう少し詳しく言うと、単一栽培のモノカルチャーに依存せず、
様々な作物を植えることで、病気や価格下落等のリスクを分散しながら、
その土地に合った自然に近い方法で営む農業、といったところでしょうか。
なるほど、パッと見ると「畑」と言うよりは、森に近い外観をしています↓↓

これはまだ年月の浅い畑。月日が経つとこの畑は、見た目完全に森になります。
後日私はブラジルのアグロフォレストリーの最先端の土地、
Pará州のTomé-Açuに行くことになるのですが、
35年後の感動の畑は、また後日レポート、ということで。
この農場で見た植物は、どれもSão Pauloではお目にかかれない
ものばかり。トロピカルフルーツの豊富さったらありません。
その中でも特に気に入ったのが、こちら、ingá↓↓

これ、ウマい。長さ50cm程のさやが木にブラーっとぶら下がっていて、
それをバリっと割って食べます。食感とお味は、「起毛させたライチ」
といったところでしょうか。・・・って書くと美味しく聞こえませんが、
香りが上品で、おいしいのです。4本は軽く食べる勢いの私を見て、
引き気味のヤザワくん。いや、ウマいよこれ、ということで、何本か
帰りの船に持ち込むほどでした。
そしてこれが「森のパッションフルーツ」↓↓

普通中にある水分が無い、小さいパッションフルーツ、
といったところでしょうか。種の周りの果肉が美味しいです。
これは食べ物ではないですが、urucúの実↓↓

Indioが体につけたり、染料や着色料としても使われているそうな。
不思議な外観をしています。
そして、出ました!!!↓↓

ムシキング〜。でかっ!!!
10cmはあったでしょうか。
思わず「・・・20000円にはなるかなぁ」と値踏みした自分。
つくづく都会に生きてます。
こんな感じで、植物は見るもの食べるもの全て新しく、
個人的にも本当に勉強になりました。
感心したのは、来て4ヶ月のヤザワくんの適応能力です。
そのへんの木の棒で、たくましく木の実を落とす彼↓↓

勿論最初からその資質を見込まれてのこの土地への派遣ですが、
横浜の都会育ちの青年が、こんなに短期間で、病気ひとつせず
アマゾンの奥地でしっかり生きているのを見て、
若い人の適応能力というのは凄い、と改めて実感しました。
農場から戻って一休みした後、家の窓から覗いた空の色が、
ウソみたいな赤紫色で、思わず外に飛び出て川に向かいました。

アマゾンの夕日の写真は結構どれもこういう色をしていて、
どうせフィルターでしょうと思っていたのですが、実際、この色でした。
この後São Pauloに戻るまで、ずっと曇りだったので、
アマゾンの夕日を見られたのはこれが最後でした。良かった良かった。
折角なので、ヤザワくんを一枚↓↓

早くも「定森さん認定カボクロ」の彼。
残りの期間でどう成長していくのでしょうか。
昨日、8月1日(日)から、来年度11年度研修生の応募を開始しました。
詳細は、こちら↓↓
【ANBI11年度募集説明会】http://www.anbi2009.org/seminar.html
ブラジルで成長したい若い人、是非、説明会に足を運んでみてください。
沢山の応募、お待ちしています!
その他の10期研修生の現地レポートはこちらから↓↓
【現地レポート】http://anbi10.pokebras.jp/
この街では、特定非営利活動法人
「HANDS (Health and Development Service)」の
ブラジルプロジェクトリーダーで、(社)日本ブラジル交流協会のOBでもある、
定森さんが引受人となり、HANDSインターン生として、研修生ヤザワくんが、
保健衛生・健康知識の普及活動を行っています。
詳しい活動内容はこちらから↓↓
【HANDS】
http://www.hands.or.jp/index.shtml
【ブラジルプロジェクト】
http://www.hands.or.jp/pagesj/05_act_develop/brazil.html
【ヤザワくんも執筆中、スタッフ便り】
http://hands2006.blog46.fc2.com/blog-entry-257.html#more
活動範囲は、Manicoré市街を拠点に、行きの船で見かけたような、
さらに小さな街(遠隔地)までとかなり広範囲。移動はモーターボートとのこと。
目的は研修地の視察なので、本当は遠隔地も見たかったのですが、
船の関係で2泊3日(活動日実質1日)の強行スケジュールだと、
さすがにその願いは叶わず、主にManicoré市街を見せて頂きました。
Manicoré市街は人口約4万人の街で、「南北に3km、東西2km」
ということで、およそ「São PauloのGuarulhos国際空港の滑走路と
ターミナルビルを入れたくらいの面積」と考えて、あまり間違いでは
ないのではないか、という規模の街です。
「アマゾン川を船で14時間」という字面を見ると、どんな僻地かと
思ってしまうところですが、市街地は意外と普通の街。
Centro(中心地)を下るとすぐ港↓↓
Centroからすぐのところに、住居兼、活動拠点がありました。
既に6年以上になる活動の拠点は、既に街の人が頻繁に出入りする
長屋状態。「あの子、どこの子?」という子どもがひっきり無しに
出入りしている微笑ましい状態でした。
初日、夜の20時過ぎにManicoréに到着。
とりあえず、元気なヤザワくんと再会し一安心。
定森さんとも久々の再会を果たし、少しばかり
話をしてとりあえず就寝。
翌日、長屋状態のリビングからの子どもの声で起床。
保健衛生活動の他の、もう1本の活動の柱である、
「アグロフォレストリー(森林農業)」の拠点を見学させて頂くべく、
郊外の実験農場へとお邪魔しました。
アグロフォレストリーとは、ざっくり言うと、
「その土地の森林と生態系を生かしながら、多様な作物を育てる農法」。
もう少し詳しく言うと、単一栽培のモノカルチャーに依存せず、
様々な作物を植えることで、病気や価格下落等のリスクを分散しながら、
その土地に合った自然に近い方法で営む農業、といったところでしょうか。
なるほど、パッと見ると「畑」と言うよりは、森に近い外観をしています↓↓
これはまだ年月の浅い畑。月日が経つとこの畑は、見た目完全に森になります。
後日私はブラジルのアグロフォレストリーの最先端の土地、
Pará州のTomé-Açuに行くことになるのですが、
35年後の感動の畑は、また後日レポート、ということで。
この農場で見た植物は、どれもSão Pauloではお目にかかれない
ものばかり。トロピカルフルーツの豊富さったらありません。
その中でも特に気に入ったのが、こちら、ingá↓↓
これ、ウマい。長さ50cm程のさやが木にブラーっとぶら下がっていて、
それをバリっと割って食べます。食感とお味は、「起毛させたライチ」
といったところでしょうか。・・・って書くと美味しく聞こえませんが、
香りが上品で、おいしいのです。4本は軽く食べる勢いの私を見て、
引き気味のヤザワくん。いや、ウマいよこれ、ということで、何本か
帰りの船に持ち込むほどでした。
そしてこれが「森のパッションフルーツ」↓↓
普通中にある水分が無い、小さいパッションフルーツ、
といったところでしょうか。種の周りの果肉が美味しいです。
これは食べ物ではないですが、urucúの実↓↓
Indioが体につけたり、染料や着色料としても使われているそうな。
不思議な外観をしています。
そして、出ました!!!↓↓
ムシキング〜。でかっ!!!
10cmはあったでしょうか。
思わず「・・・20000円にはなるかなぁ」と値踏みした自分。
つくづく都会に生きてます。
こんな感じで、植物は見るもの食べるもの全て新しく、
個人的にも本当に勉強になりました。
感心したのは、来て4ヶ月のヤザワくんの適応能力です。
そのへんの木の棒で、たくましく木の実を落とす彼↓↓
勿論最初からその資質を見込まれてのこの土地への派遣ですが、
横浜の都会育ちの青年が、こんなに短期間で、病気ひとつせず
アマゾンの奥地でしっかり生きているのを見て、
若い人の適応能力というのは凄い、と改めて実感しました。
農場から戻って一休みした後、家の窓から覗いた空の色が、
ウソみたいな赤紫色で、思わず外に飛び出て川に向かいました。
アマゾンの夕日の写真は結構どれもこういう色をしていて、
どうせフィルターでしょうと思っていたのですが、実際、この色でした。
この後São Pauloに戻るまで、ずっと曇りだったので、
アマゾンの夕日を見られたのはこれが最後でした。良かった良かった。
折角なので、ヤザワくんを一枚↓↓
早くも「定森さん認定カボクロ」の彼。
残りの期間でどう成長していくのでしょうか。
昨日、8月1日(日)から、来年度11年度研修生の応募を開始しました。
詳細は、こちら↓↓
【ANBI11年度募集説明会】http://www.anbi2009.org/seminar.html
ブラジルで成長したい若い人、是非、説明会に足を運んでみてください。
沢山の応募、お待ちしています!
その他の10期研修生の現地レポートはこちらから↓↓
【現地レポート】http://anbi10.pokebras.jp/
2010年07月27日
Amazon出張2 ーマナウス港と高速船14時間の旅ー
Amazon出張最初の目的地は、2010年度研修地11箇所の中でも
堂々第1位の僻地度を誇る研修地、Amazonas州Manicoré市です。
São Pauloの身近なブラジル人の友人に、
「Manicoréって知ってる?」と尋ねても、
それが地名であることすらも分からない人が大半のManicoré。
そんな僻地中の僻地に、研修生と、引き受けて下さる方が居るのだから、
有り難いと同時に身が引き締まる思いです。
そんなManicoréへの道のりは、Amazonas州のManaus迄
飛行機で向かい、その後は、船。Manaus以降の到達手段としては、
①Teco Teco(所謂セスナ) = 片道R$400(高!)・約1時間
②Jato(所謂高速船) = 片道R$150・約12〜14時間
③Gaiola船(普通の船) = 片道R$80・約60時間
の3種。「時間ってお金で買えるんだね」という分かり易い構造が
よ〜く見える価格設定となっています。
予算の関係で、ここは②を選択。下の地図の赤い部分が航路です↓↓

こうやって地図で見ると近く見えますが、その距離600km以上。
高速船ですら12時間かかることを考えると、ブラジルの広さと
支流も合わせたアマゾン川の長さを実感できます。
高速船は、夜間の高速での運航が非常に危険ということで、
日が出ているうちの運航となるので、朝6時発。
São Pauloからこれに乗り継ぎの良い便で来るのは
体力的にもかなりきつい、ということで、Manausに前泊です。
こちらがManausの港。大都市とはいえ、やっぱりSão Pauloより
かなり空気が綺麗。空の透明感が違います↓↓

そしてこれが、アマゾン川の船旅における典型的な船、Gaiola船↓↓
この写真のものはリアルに約100年前のゴム景気時代のもの。
未だに観光船として動いているのだとか。

São Pauloのもやしっ子である自分は、船のチケットの買い方が
さっぱりわからず、事前に船会社に電話したものの
「電話では予約は受け付けない」とのこと。満席になったら、
どーなるんだ?と当然の疑問を抱え、現地在住の先輩に予約を頼むと、
「窓口なんてものは無いのが普通」とのこと。
「窓口無いってどういうことだ???」の疑問は
実際港に行くと解けました↓↓


・・・なるほど。要は自分の乗りたい船のチケット売り場は
人に聞けってことですね。こんなん1人でいきなり来たら
絶対にわかりませんでした。頼れる人がいて良かった・・・。
そしてこれが高速船、「Zé Holanda」↓↓

中は小型ジェット機の様な造りになっています。
予約すると座席に自分の名前が書かれてあるのが面白いです↓↓

そして翌日朝6時前。夜明け前のManaus港です。
後ろにかすかに見えるのは、噂のNegro大橋。もうすぐ完成の兆し↓↓

5時半頃、乗り場にぞろぞろ人が集まり始めます。
朝食を食べなきゃいけないんですが、歳をとった所為か、
早朝からチーズとハムのパンを食べるのが辛く、
バナナチップスを購入。これは脂っこくなく、うまい!↓↓

乗船開始はなんと定刻5分前から!!!すごい、この時間感覚。
と言っている自分はせかせか生きてるのかなぁ・・・と思ったりしました。
そして、やっと船旅の始まり。Negro川をBelém方面に向かって、
途中からMadeira川に入ります。景色が楽しみで、ずっと窓の外を見ていましたが、
びっくりすることに、基本、ずっとこの景色↓↓

・・・空・森・川の三層の平たい景色がずっと続きます。
なるほどこれが地上からのアマゾンの景色か・・・と納得。
でも、途中でぽつりぽつりとある家が面白い↓↓

川沿いの家を眺めながら、「どうして彼らはここに住むことにしたんだろう?」
という疑問が沸いてきます。もともとそこにいたからじゃない?ってのが
一番ありえる解答ですが、それにしても、最初にそこに住むことを決めた人、
どういう心境だったんでしょうか。
今回は乾期ということで、水位が低いから時間もかかるとのこと。
森をよく見ていると、木の幹に水平の線=雨期の時の水位が見えます↓↓

高速船は、ホントにジェット機と同じ要領で、トイレ以外に
歩けるところが無いのがきついところ。気分転換の場所を
探していたところ、ナント、船頭に人が出ているのを発見↓↓

・・・川なので波はほぼ無いから揺れないとしても、
日本だったらこれは確実にダメだよなぁ・・・と。
一応船長に外に出ても良いか尋ねると、あっさり「いいよ!」と一言。
たまに出ては、ぼけーっと3層の景色を眺めたり。
途中、4m級のワニも見られて、良い気分転換になりました。
船内では、TV画面で映画やら何やらやっているのですが、
流れていた映画がなんと「タイタニック」。
船に乗っているのに、目の前の画面で、船、めっちゃ沈んでる。
こういうところに気を使わないところがブラジルの良いところの1つかと。
食事は2回出ますが、船内は火が使えるので飛行機よりかなり
美味しい家庭料理的なお味。丁度アンデス越えの寒気が来ていて
結構寒かったので、夕食に出たスープはかなり有り難かったです↓↓

そんなこんなで、結構あっという間にManicoréに到着しました。
やっぱり移動で見る景色が人生の喜びの一つである自分にとっては、
初のアマゾン川、14時間の船旅も全然苦ではありませんでした。

途中、川沿いのかなり小さな街に、明らかに日本人の名前を冠した
学校を見かけました。「Nakajima」さんは、いつAmazonに入植し、
どんな日本人だったのでしょうか。
堂々第1位の僻地度を誇る研修地、Amazonas州Manicoré市です。
São Pauloの身近なブラジル人の友人に、
「Manicoréって知ってる?」と尋ねても、
それが地名であることすらも分からない人が大半のManicoré。
そんな僻地中の僻地に、研修生と、引き受けて下さる方が居るのだから、
有り難いと同時に身が引き締まる思いです。
そんなManicoréへの道のりは、Amazonas州のManaus迄
飛行機で向かい、その後は、船。Manaus以降の到達手段としては、
①Teco Teco(所謂セスナ) = 片道R$400(高!)・約1時間
②Jato(所謂高速船) = 片道R$150・約12〜14時間
③Gaiola船(普通の船) = 片道R$80・約60時間
の3種。「時間ってお金で買えるんだね」という分かり易い構造が
よ〜く見える価格設定となっています。
予算の関係で、ここは②を選択。下の地図の赤い部分が航路です↓↓

こうやって地図で見ると近く見えますが、その距離600km以上。
高速船ですら12時間かかることを考えると、ブラジルの広さと
支流も合わせたアマゾン川の長さを実感できます。
高速船は、夜間の高速での運航が非常に危険ということで、
日が出ているうちの運航となるので、朝6時発。
São Pauloからこれに乗り継ぎの良い便で来るのは
体力的にもかなりきつい、ということで、Manausに前泊です。
こちらがManausの港。大都市とはいえ、やっぱりSão Pauloより
かなり空気が綺麗。空の透明感が違います↓↓
そしてこれが、アマゾン川の船旅における典型的な船、Gaiola船↓↓
この写真のものはリアルに約100年前のゴム景気時代のもの。
未だに観光船として動いているのだとか。
São Pauloのもやしっ子である自分は、船のチケットの買い方が
さっぱりわからず、事前に船会社に電話したものの
「電話では予約は受け付けない」とのこと。満席になったら、
どーなるんだ?と当然の疑問を抱え、現地在住の先輩に予約を頼むと、
「窓口なんてものは無いのが普通」とのこと。
「窓口無いってどういうことだ???」の疑問は
実際港に行くと解けました↓↓
・・・なるほど。要は自分の乗りたい船のチケット売り場は
人に聞けってことですね。こんなん1人でいきなり来たら
絶対にわかりませんでした。頼れる人がいて良かった・・・。
そしてこれが高速船、「Zé Holanda」↓↓
中は小型ジェット機の様な造りになっています。
予約すると座席に自分の名前が書かれてあるのが面白いです↓↓
そして翌日朝6時前。夜明け前のManaus港です。
後ろにかすかに見えるのは、噂のNegro大橋。もうすぐ完成の兆し↓↓
5時半頃、乗り場にぞろぞろ人が集まり始めます。
朝食を食べなきゃいけないんですが、歳をとった所為か、
早朝からチーズとハムのパンを食べるのが辛く、
バナナチップスを購入。これは脂っこくなく、うまい!↓↓
乗船開始はなんと定刻5分前から!!!すごい、この時間感覚。
と言っている自分はせかせか生きてるのかなぁ・・・と思ったりしました。
そして、やっと船旅の始まり。Negro川をBelém方面に向かって、
途中からMadeira川に入ります。景色が楽しみで、ずっと窓の外を見ていましたが、
びっくりすることに、基本、ずっとこの景色↓↓
・・・空・森・川の三層の平たい景色がずっと続きます。
なるほどこれが地上からのアマゾンの景色か・・・と納得。
でも、途中でぽつりぽつりとある家が面白い↓↓
川沿いの家を眺めながら、「どうして彼らはここに住むことにしたんだろう?」
という疑問が沸いてきます。もともとそこにいたからじゃない?ってのが
一番ありえる解答ですが、それにしても、最初にそこに住むことを決めた人、
どういう心境だったんでしょうか。
今回は乾期ということで、水位が低いから時間もかかるとのこと。
森をよく見ていると、木の幹に水平の線=雨期の時の水位が見えます↓↓
高速船は、ホントにジェット機と同じ要領で、トイレ以外に
歩けるところが無いのがきついところ。気分転換の場所を
探していたところ、ナント、船頭に人が出ているのを発見↓↓
・・・川なので波はほぼ無いから揺れないとしても、
日本だったらこれは確実にダメだよなぁ・・・と。
一応船長に外に出ても良いか尋ねると、あっさり「いいよ!」と一言。
たまに出ては、ぼけーっと3層の景色を眺めたり。
途中、4m級のワニも見られて、良い気分転換になりました。
船内では、TV画面で映画やら何やらやっているのですが、
流れていた映画がなんと「タイタニック」。
船に乗っているのに、目の前の画面で、船、めっちゃ沈んでる。
こういうところに気を使わないところがブラジルの良いところの1つかと。
食事は2回出ますが、船内は火が使えるので飛行機よりかなり
美味しい家庭料理的なお味。丁度アンデス越えの寒気が来ていて
結構寒かったので、夕食に出たスープはかなり有り難かったです↓↓
そんなこんなで、結構あっという間にManicoréに到着しました。
やっぱり移動で見る景色が人生の喜びの一つである自分にとっては、
初のアマゾン川、14時間の船旅も全然苦ではありませんでした。
途中、川沿いのかなり小さな街に、明らかに日本人の名前を冠した
学校を見かけました。「Nakajima」さんは、いつAmazonに入植し、
どんな日本人だったのでしょうか。
2010年07月26日
Amazon出張1。
Minas Geraisに引き続き、北部、Amazonas州とPará州に
出張してきました。
人に恵まれた、素晴らしい出張となりました。
書きたいネタは沢山ありますが、まず、しょっぱな、
7月15日(木)のサンパウローマナウス間の飛行機からの景色が
それはそれは素晴らしいものでしたので、右側中程の座席に
座ったつもりで、どうぞご覧下さい↓↓















出張してきました。
人に恵まれた、素晴らしい出張となりました。
書きたいネタは沢山ありますが、まず、しょっぱな、
7月15日(木)のサンパウローマナウス間の飛行機からの景色が
それはそれは素晴らしいものでしたので、右側中程の座席に
座ったつもりで、どうぞご覧下さい↓↓
2010年07月15日
Minas Gerais出張。
Minas Geraisの引受先にご挨拶に行ってきました。

出張は、バスで16時間以内で行けるところはバスで行くようにしています。
ブラジルは、日本の新幹線のような高速旅客鉄道網が無く、
サンパウロから州外への移動の際の選択肢としては、
飛行機かバス、ということになります。
バスを選ぶ理由としては、勿論安いから、というのが第一。
あとは、上の理由から、ブラジルの主要インフラである
道路を知るうえで、バスという選択肢は非常に有効だと思うからです。
道路もさることながら、その周りにある街のことも、
視覚的に頭に入れることができます。地図を持って
バスに乗って景色を眺めて、気になったポイントは後で調べる。
私は個人的にブラジルに投資していることもあって、
文字情報や飛行機の移動では把握できない主要幹線道路
からの情報を、できるだけバス移動で、自分の目で見て
手に入れたい、というのも重要な目的のひとつです。
これは、サンパウロの長距離バスターミナル、Tietê↓↓

金曜日はサンパウロのみ祝日であったこともあって、
木曜日夜はかなりの混雑。Minasの州都、Belo Horizonte行きの
深夜バスは、危うくあと2席で満席になるところでした。
このバスターミナルからは、50時間以上かかるような場所に向かう
長距離バスも出ていて、出稼ぎ風の人や、家族連れなど、ターミナルに
いる人とそのバスの行き先を見るだけで、色々なドラマが連想できます。
わざわざバスを選ぶもう1つの理由は、インフラがどうのという話もありますが、
風景写真を撮り続けている自分としては、窓越しに流れる風景が本当に
素晴らしいから、ということ。研修生時代に一度、60時間近くバスに乗った
こともありますが、グラデーションの様に景色が変わっていくのは、
見ていて全く飽きないし、広いブラジルの大地の中で生かされていることを
強く実感することができます。
特に、São PauloーMinas Gerais間の路線は、日の当たる時間をわざわざ選んで
乗ってしまうくらい素晴らしいです。夕方の、大地が金色に輝く景色は、
油絵のようです↓↓





ブラジル在住経験のある方は、この赤土にSaudadeを抱く人も
多いのではないでしょうか。
出張先の研修先では、引受人の方々に本当に良くして頂きました。
つくづく、私たちにとっての研修先という存在は
有り難い存在だと実感しながら、幸せな気持ちでバスからの
景色を眺めながら帰ってきたのでした。

出張は、バスで16時間以内で行けるところはバスで行くようにしています。
ブラジルは、日本の新幹線のような高速旅客鉄道網が無く、
サンパウロから州外への移動の際の選択肢としては、
飛行機かバス、ということになります。
バスを選ぶ理由としては、勿論安いから、というのが第一。
あとは、上の理由から、ブラジルの主要インフラである
道路を知るうえで、バスという選択肢は非常に有効だと思うからです。
道路もさることながら、その周りにある街のことも、
視覚的に頭に入れることができます。地図を持って
バスに乗って景色を眺めて、気になったポイントは後で調べる。
私は個人的にブラジルに投資していることもあって、
文字情報や飛行機の移動では把握できない主要幹線道路
からの情報を、できるだけバス移動で、自分の目で見て
手に入れたい、というのも重要な目的のひとつです。
これは、サンパウロの長距離バスターミナル、Tietê↓↓

金曜日はサンパウロのみ祝日であったこともあって、
木曜日夜はかなりの混雑。Minasの州都、Belo Horizonte行きの
深夜バスは、危うくあと2席で満席になるところでした。
このバスターミナルからは、50時間以上かかるような場所に向かう
長距離バスも出ていて、出稼ぎ風の人や、家族連れなど、ターミナルに
いる人とそのバスの行き先を見るだけで、色々なドラマが連想できます。
わざわざバスを選ぶもう1つの理由は、インフラがどうのという話もありますが、
風景写真を撮り続けている自分としては、窓越しに流れる風景が本当に
素晴らしいから、ということ。研修生時代に一度、60時間近くバスに乗った
こともありますが、グラデーションの様に景色が変わっていくのは、
見ていて全く飽きないし、広いブラジルの大地の中で生かされていることを
強く実感することができます。
特に、São PauloーMinas Gerais間の路線は、日の当たる時間をわざわざ選んで
乗ってしまうくらい素晴らしいです。夕方の、大地が金色に輝く景色は、
油絵のようです↓↓
ブラジル在住経験のある方は、この赤土にSaudadeを抱く人も
多いのではないでしょうか。
出張先の研修先では、引受人の方々に本当に良くして頂きました。
つくづく、私たちにとっての研修先という存在は
有り難い存在だと実感しながら、幸せな気持ちでバスからの
景色を眺めながら帰ってきたのでした。
2010年07月07日
【鹿児島】帰国直後の研修生が語るブラジル留学体験。
お知らせ第3弾は鹿児島でのイベントです。
来る7月13日(火)、アジア・北米にも積極的に進出をしている
鹿児島大学の国際戦略本部主催の講演会、
『鹿児島県民のブラジルへの移民の歴史と将来のブラジルとの交流の展望』
の中で、帰国したばかりの09期研修生、
金剛仙太郎さん(São Paulo州、ニッケイ新聞社にて研修、鹿大卒)
榊原愛美さん (Rio Grande do Sul州、Caxias do Sul日伯文化協会にて研修)
の2名が、ブラジルでの1年の研修留学の体験談を語ります。
以下、詳細です↓↓
+++++++++++++++++++++++++++++++
『鹿児島県民のブラジルへの移民の歴史と将来のブラジルとの交流の展望』
日時:2010年7月13日(火)14:00〜
場所:鹿児島大学
URL:http://www.kagoshima-u.ac.jp/html/Infomation1811.html
予定
14:00:開会の挨拶:鹿児島大学長 吉田 浩己
14:10:第一部 基調講演「鹿児島県民のブラジルへの移民の歴史」
鹿児島大学教授:原口 泉
15:10:第二部「将来のブラジルとの交流の展望」
「鹿児島県によるブラジルとの交流の実績」
鹿児島県 国際交流課長:倉園 茂樹
「世界最大の日系社会を見つめて」
講演者:金剛 仙太郎
「さまざまな顔を持つブラジル」
講演者:榊原 愛美
16:50:閉会の挨拶:鹿児島大学理事(研究担当)前田 芳實
主催:鹿児島大学国際戦略本部
+++++++++++++++++++++++++++++++
九州エリアでの唯一の講演会になります!
海外を志す、特に学生さんの来場をお待ちしています!
来る7月13日(火)、アジア・北米にも積極的に進出をしている
鹿児島大学の国際戦略本部主催の講演会、
『鹿児島県民のブラジルへの移民の歴史と将来のブラジルとの交流の展望』
の中で、帰国したばかりの09期研修生、
金剛仙太郎さん(São Paulo州、ニッケイ新聞社にて研修、鹿大卒)
榊原愛美さん (Rio Grande do Sul州、Caxias do Sul日伯文化協会にて研修)
の2名が、ブラジルでの1年の研修留学の体験談を語ります。
以下、詳細です↓↓
+++++++++++++++++++++++++++++++
『鹿児島県民のブラジルへの移民の歴史と将来のブラジルとの交流の展望』
日時:2010年7月13日(火)14:00〜
場所:鹿児島大学
URL:http://www.kagoshima-u.ac.jp/html/Infomation1811.html
予定
14:00:開会の挨拶:鹿児島大学長 吉田 浩己
14:10:第一部 基調講演「鹿児島県民のブラジルへの移民の歴史」
鹿児島大学教授:原口 泉
15:10:第二部「将来のブラジルとの交流の展望」
「鹿児島県によるブラジルとの交流の実績」
鹿児島県 国際交流課長:倉園 茂樹
「世界最大の日系社会を見つめて」
講演者:金剛 仙太郎
「さまざまな顔を持つブラジル」
講演者:榊原 愛美
16:50:閉会の挨拶:鹿児島大学理事(研究担当)前田 芳實
主催:鹿児島大学国際戦略本部
+++++++++++++++++++++++++++++++
九州エリアでの唯一の講演会になります!
海外を志す、特に学生さんの来場をお待ちしています!
2010年07月07日
【東京:西荻窪】帰国直後の留学研修生が語る最新のブラジル!
今月7月14日(水)と7月25日(日)の計2日、
東京・西荻窪のブラジルコミュニティ・カフェ・バーにて、
今年3月に日本に帰国したばかりの、
ブラジル日本交流協会2009年度研修生による、
最新のブラジル体験報告会を開催します。
詳細は、こちらです↓↓
++++++++++++++++++++++++++++++
【ブラジル日本交流協会 帰国報告会&懇談会】
ブラジル日本交流協会(http://www.anbi2009.org/)の
2009年度研修留学生として、北はアマゾンから南は
リオグランデドスル州まで、散り散りになったメンバーが、
今年3月、ブラジルより戻ってまいりました。
そんな帰国ほやほやのメンバー3名が写真などをお見せしながら、
目で見て、肌で感じてきた最新のブラジルを、様々なテーマから語ります!

サンパウロの邦字紙、ニッケイ新聞社で研修、
102年の歴史を持つ日系社会に文字通りどっぷり漬かってきた
金剛仙太郎さんによる、「世界最大の日系社会を見つめて」。
ブラジル最南部の州、人口は白人が大多数を占め、
アルゼンチンと国境を接するリオグランデドスル州で
日本語教師としての研修生生活を送った榊原愛美さんによる
「さまざまな顔を持つブラジル」。
アマゾン地域の一大都市、マナウス市のアマゾナス
日系商工会議所で研修をしながら、地元のダンス
ボイ・ブンバにどっぷり漬かった井上麻衣子さんによる、
「日本人アマゾン移住80周年とボイ・ブンバ」など。
1時間程の帰国報告会の後、お食事を共にしながら、
一緒にブラジルトークで盛り上がりましょう!
7月14日(水)「aparecida」
東京都杉並区西荻南3-17-5-2F
http://aparecida.jp/
18時オープン、19時半よりイベント開始(2時間程度)
7月25(日)「copo do dia」
東京都杉並区西荻北4-26-10-山愛コーポラス103
http://copododia.pokebras.jp/c5691.html
17時よりイベント開始(2時間程度)
++++++++++++++++++++++++++++++
帰国直後の研修生の、ギラついたオーラに包まれながら、
楽しく美味しいひとときをお過ごしください!
ご来場、お待ちしています!
東京・西荻窪のブラジルコミュニティ・カフェ・バーにて、
今年3月に日本に帰国したばかりの、
ブラジル日本交流協会2009年度研修生による、
最新のブラジル体験報告会を開催します。
詳細は、こちらです↓↓
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【ブラジル日本交流協会 帰国報告会&懇談会】
ブラジル日本交流協会(http://www.anbi2009.org/)の
2009年度研修留学生として、北はアマゾンから南は
リオグランデドスル州まで、散り散りになったメンバーが、
今年3月、ブラジルより戻ってまいりました。
そんな帰国ほやほやのメンバー3名が写真などをお見せしながら、
目で見て、肌で感じてきた最新のブラジルを、様々なテーマから語ります!

サンパウロの邦字紙、ニッケイ新聞社で研修、
102年の歴史を持つ日系社会に文字通りどっぷり漬かってきた
金剛仙太郎さんによる、「世界最大の日系社会を見つめて」。
ブラジル最南部の州、人口は白人が大多数を占め、
アルゼンチンと国境を接するリオグランデドスル州で
日本語教師としての研修生生活を送った榊原愛美さんによる
「さまざまな顔を持つブラジル」。
アマゾン地域の一大都市、マナウス市のアマゾナス
日系商工会議所で研修をしながら、地元のダンス
ボイ・ブンバにどっぷり漬かった井上麻衣子さんによる、
「日本人アマゾン移住80周年とボイ・ブンバ」など。
1時間程の帰国報告会の後、お食事を共にしながら、
一緒にブラジルトークで盛り上がりましょう!
7月14日(水)「aparecida」
東京都杉並区西荻南3-17-5-2F
http://aparecida.jp/
18時オープン、19時半よりイベント開始(2時間程度)
7月25(日)「copo do dia」
東京都杉並区西荻北4-26-10-山愛コーポラス103
http://copododia.pokebras.jp/c5691.html
17時よりイベント開始(2時間程度)
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帰国直後の研修生の、ギラついたオーラに包まれながら、
楽しく美味しいひとときをお過ごしください!
ご来場、お待ちしています!
2010年07月06日
【横浜】記録映像作家岡村淳さん映画祭
イベントのお知らせです。
ブラジル日本交流協会とも縁が深く、多くの研修生が
現地でお世話になっている記録映像作家、岡村淳さんの
ドキュメンタリーの中から11作品を一挙公開する
一大映画祭が7月10日(土)~7月16日(金)まで
横浜のミニシアター、『ジャック&ベティ』にて行われます。
巨編「アマゾンの読経」をはじめ、「無縁仏三部作」といわれる、
決して今までメディアや歴史の表舞台に出ることのなかった
市井の日本人移民やそれに関わった日本人の真摯で愚直な
生き様を描いた「郷愁は夢の中で」「ブラジルの土に生きて」など、
必見の作品の数々です。
ブラジル移民から102年がたった今、日本に生きる
私たちに多くのことを語りかけてくれること請け合いです。
また、ブラジルとか移民とか関係なしに「人間がいかに生きるか」
という普遍的なメッセージを伝えくれる作品群です。
期間中、(社)日本ブラジル交流協会OBであり、
NHKで番組制作プロデューサーをなさっている、
中根健氏との対談も企画されており、こちらも必見です。
なんとタイトルは「オカムラ VS NHK」 。
映像に負けず劣らずの迫力のマシンガントークが展開されること必至です。
以下、詳細です↓↓
+++++++++++++++++++++++++++++++++
「横浜ラテンフィルムフェスタ みらい世紀ブラジル
岡村淳 フィルムウィーク」
期間:2010年7月10日(土)~16日(金)
会場:シアター ジャック&ベティ(横浜市黄金町)
HP:http://www.jackandbetty.net/miraiseikibrazil.html
Guest Talk「岡村淳とラテンな仲間たち」
「オカムラVSNHK」
日時:7月10日(土) 13時10分~13時40分
(10時30分から上映開始の「郷愁は夢の中で」上映後)
+++++++++++++++++++++++++++++++++
是非是非、足をお運びください!!
お楽しみに!!!
ブラジル日本交流協会とも縁が深く、多くの研修生が
現地でお世話になっている記録映像作家、岡村淳さんの
ドキュメンタリーの中から11作品を一挙公開する
一大映画祭が7月10日(土)~7月16日(金)まで
横浜のミニシアター、『ジャック&ベティ』にて行われます。
巨編「アマゾンの読経」をはじめ、「無縁仏三部作」といわれる、
決して今までメディアや歴史の表舞台に出ることのなかった
市井の日本人移民やそれに関わった日本人の真摯で愚直な
生き様を描いた「郷愁は夢の中で」「ブラジルの土に生きて」など、
必見の作品の数々です。
ブラジル移民から102年がたった今、日本に生きる
私たちに多くのことを語りかけてくれること請け合いです。
また、ブラジルとか移民とか関係なしに「人間がいかに生きるか」
という普遍的なメッセージを伝えくれる作品群です。
期間中、(社)日本ブラジル交流協会OBであり、
NHKで番組制作プロデューサーをなさっている、
中根健氏との対談も企画されており、こちらも必見です。
なんとタイトルは「オカムラ VS NHK」 。
映像に負けず劣らずの迫力のマシンガントークが展開されること必至です。
以下、詳細です↓↓
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「横浜ラテンフィルムフェスタ みらい世紀ブラジル
岡村淳 フィルムウィーク」
期間:2010年7月10日(土)~16日(金)
会場:シアター ジャック&ベティ(横浜市黄金町)
HP:http://www.jackandbetty.net/miraiseikibrazil.html
Guest Talk「岡村淳とラテンな仲間たち」
「オカムラVSNHK」
日時:7月10日(土) 13時10分~13時40分
(10時30分から上映開始の「郷愁は夢の中で」上映後)
+++++++++++++++++++++++++++++++++
是非是非、足をお運びください!!
お楽しみに!!!
2010年06月29日
決勝T、1回戦。
北朝鮮戦は家、コートジボアール戦は特設会場、
ポルトガル戦は、またまた家、さて今日はどうしよう、
ということで行ってきました↓↓

我が家から徒歩30秒のBar。
地味だけど、近所の人しかいなくて、危なくないし、
ちゃんと見られるし、盛り上がるし、一番良い場所かもしれません。
我らがセレソンは順調に8強。
次のオランダ戦は準決勝より厳しいかもしれません。
これがまた金曜日の午後3時半から。
明日は午前11時から日本戦で、ホント仕事になりません。
チリは、今回当たらなかったらずっと応援したかったチームでした。
NumberのW杯コラムでビエルサ監督の記事を読んでから、W杯でも
どんどん結果を出すこのチームに凄く興味を持つようになりました。
ブラジルで(「南米で」と言う人もいる)かなり嫌われている
アルゼンチンと違って、不思議と親近感のわく国です。
いつか行ってみたいなぁ・・・チリ。
ポルトガル戦は、またまた家、さて今日はどうしよう、
ということで行ってきました↓↓
我が家から徒歩30秒のBar。
地味だけど、近所の人しかいなくて、危なくないし、
ちゃんと見られるし、盛り上がるし、一番良い場所かもしれません。
我らがセレソンは順調に8強。
次のオランダ戦は準決勝より厳しいかもしれません。
これがまた金曜日の午後3時半から。
明日は午前11時から日本戦で、ホント仕事になりません。
チリは、今回当たらなかったらずっと応援したかったチームでした。
NumberのW杯コラムでビエルサ監督の記事を読んでから、W杯でも
どんどん結果を出すこのチームに凄く興味を持つようになりました。
ブラジルで(「南米で」と言う人もいる)かなり嫌われている
アルゼンチンと違って、不思議と親近感のわく国です。
いつか行ってみたいなぁ・・・チリ。
2010年06月25日
2010年06月25日
日本から、嬉しいプレゼント。
当たり前っちゃ当たり前ですが、
仕事でも何でも良いこと、楽しいことばっかりって
わけにはいかないもので、先々週に引いた
風邪の咳がまったく治らず、酷くなる
一方だったり、とかまあそういうことで、
最近は良いこともありながら、同時に
心折れそうなことが続く、そんな状況でした。
不思議なことに、そういう時に私を救ってくれるのは、
どうも日本からの何かしらのきっかけが多いようです。
今日、家に帰ってみると、「ゆうぱっく」の小包が。
中身は、なんと↓↓

ワンピース〜〜〜〜!!!
ブラジル研修生時代の同期が送ってくれたのでした。
物も勿論嬉しいし、何よりその気持ちが本当に有り難い。
かなり元気が出ました。ありがとう!!!
私の時は33人居た研修生時代の同期は、
1年間という短い期間をそれぞれバラバラの土地で
一緒に過ごした仲間。それこそ今も、仕事も土地も
バラバラなんですが、あれから5年が経った今でも
引き続き助けてもらったり、変わらず情報交換できたり、
また今になって生まれる新しい関係性があったりと、
1人でブラジルに留学した場合とは恐らくまったく違った
人間関係に恵まれていて、それは、留学前は全くブラジルと縁が
無かった自分にとっては本当に良かったな、と。
これからも大事にしていきたい縁です。
皆1年のブラジルを経て、色々な人生を歩んでいますが、
これからも要所要所で、関わりを続けられると良いな、と。
旅行でも、出張でも、駐在でも、結婚でも、
同期がブラジルに戻ってきてくれるのを、
ワンピースを読みつつ心待ちにしています。
仕事でも何でも良いこと、楽しいことばっかりって
わけにはいかないもので、先々週に引いた
風邪の咳がまったく治らず、酷くなる
一方だったり、とかまあそういうことで、
最近は良いこともありながら、同時に
心折れそうなことが続く、そんな状況でした。
不思議なことに、そういう時に私を救ってくれるのは、
どうも日本からの何かしらのきっかけが多いようです。
今日、家に帰ってみると、「ゆうぱっく」の小包が。
中身は、なんと↓↓
ワンピース〜〜〜〜!!!
ブラジル研修生時代の同期が送ってくれたのでした。
物も勿論嬉しいし、何よりその気持ちが本当に有り難い。
かなり元気が出ました。ありがとう!!!
私の時は33人居た研修生時代の同期は、
1年間という短い期間をそれぞれバラバラの土地で
一緒に過ごした仲間。それこそ今も、仕事も土地も
バラバラなんですが、あれから5年が経った今でも
引き続き助けてもらったり、変わらず情報交換できたり、
また今になって生まれる新しい関係性があったりと、
1人でブラジルに留学した場合とは恐らくまったく違った
人間関係に恵まれていて、それは、留学前は全くブラジルと縁が
無かった自分にとっては本当に良かったな、と。
これからも大事にしていきたい縁です。
皆1年のブラジルを経て、色々な人生を歩んでいますが、
これからも要所要所で、関わりを続けられると良いな、と。
旅行でも、出張でも、駐在でも、結婚でも、
同期がブラジルに戻ってきてくれるのを、
ワンピースを読みつつ心待ちにしています。
2010年06月22日
俳句の会に初参加。
今回ブラジルに来てから知り合った方に、
兼ねてからお誘いを頂いていた俳句の会に行ってきました。
場所は、隣の地区のアートギャラリーの奥の部屋。
9人で机を囲んで、ワインを飲みながら、
おかずをつまみながら、まったりと時間が流れます。

月1で行われてるこの会。参加している人は、
日本人か日系人なのですが、仕事も年齢も
日本語レベルも俳句レベルもバラバラ。
だからこそ、日本では考えられないような、
面白い句が出てきたり、こっちにいるからこそ
グッとくるような句があったりして、その背景を
聞くだけで勉強にもなります。
今月6月の季題は、
「冬めく、小春(日和)、木葉髪、寄せ鍋、咳、移民の日」
私は、それこそ小学生の時に祖母と一緒に
結構長い間川柳を習っていたのですが、
やはり、季語のある俳句と川柳は一線を画すものがあり、
自分が作る句はどうしても川柳寄りになってしまう。
季語の使い方がよくわからないうえ、ブラジルで
小春日和・・・というのも暖かい日は日本より格段に
日差しが強かったりして、余計難しかったりします。
移民の日なんてそれだけで5文字。
そしてそもそも「木葉髪」って何・・・?という具合で、
結局この季語の句は一句も作れませんでした。
作るにあたって、どうもやっぱりブラジルでの生活感や、
情緒を織りまぜたくなってしまう自分。
「どういう時が情緒的なんだろ?」っていう考え方をすると、
やっぱり出てくる言葉はポルトガル語になります。
苦肉の策で、散々悩んでのコロニア語での一句。
「ポル語下手セッコセッコと乾く咳」
ちなみにセッコ=secoとは乾いた、という形容詞。
これは限りなく川柳に近いんですが、結構好評で一安心。
咳はポル語でtosseという単語で女性形なので、
その前にかかる形容詞も同じく女性形に変化し、
secaでなければならないのですが、
あえて間違っている=ポル語下手という奥深さを秘めているのですが、
さすがにそこまでは気付かれませんでした。

句会では、それぞれの句をボウルに入れ、分担して清書し、
それを回して各自それぞれお気に入りの句を選びます。
やはり、慣れている先輩方の句は面白い。
グッときたものをご紹介します。
「寄せ鍋やゆれる豆腐よ時忘れ」
これは、食べることが大好きな某芸術家の先輩。
お鍋で揺れる豆腐の映像がまじまじと浮かんできます。
ああ、美味しそう。凄い観察力だよね。
ということで、かなり評価の高かった一句。
「咳深し異人に交じり番を待つ」
これもまた某芸術家の先輩の一句。病院での一コマが連想されます。
移民してきた人が未だにブラジル人のことを「外人」と言ったりする
その感覚を感じられたりして、面白いです。
そして私が作れなかった季題「小春日和」を使っての、
NHKの駐在の方のグッとくる一句。
「小春日にとどまらなくて日焼けした」
思わず笑ってしまいました。ホントそうなんです。
あるある、そういうの!という具合で。私の準特選です。
そして、ああ、凄いなぁ、深いなぁと思ったのは、
「移民の日」と「木葉髪」での句。
「ブラジルに恋して花嫁木葉髪」
これは話を聞くと非常に深くて、戦後移民で先に移民した
日本人男性に、本当に「嫁ぐため」に移民した女性たちに関する一句。
会ったこともない男性と結婚するため、というのは、その人に
恋をしたからではなく、本当にブラジルに恋をするような
ものであった、という奥深い一句です。
そして、
「子の国と母の国あり移民の日」
「肌も目も異なる孫達木葉髪」
の二句は、本当に日系社会そのものを表現していて、
きっとここでしか出てこない作品でした。
先輩、さすがです。
というわけで、本当に楽しかったし勉強にもなったので、
これは是非続けようと。印象的だったのは、誘ってくださった
Lucioさんのひとこと。「上手い下手はあるかもしれないけれど、
やっぱり面白くないとね。」こういう考えでいてくださるので、
輪に入りやすいし、モチベーションも上がります。
次回の季題は、
「暖冬・寝酒・沢庵・月冴ゆる・冬休み」だそうです。
寝酒関係は色々書けそうな・・・
来月も非常に楽しみです:)
兼ねてからお誘いを頂いていた俳句の会に行ってきました。
場所は、隣の地区のアートギャラリーの奥の部屋。
9人で机を囲んで、ワインを飲みながら、
おかずをつまみながら、まったりと時間が流れます。

月1で行われてるこの会。参加している人は、
日本人か日系人なのですが、仕事も年齢も
日本語レベルも俳句レベルもバラバラ。
だからこそ、日本では考えられないような、
面白い句が出てきたり、こっちにいるからこそ
グッとくるような句があったりして、その背景を
聞くだけで勉強にもなります。
今月6月の季題は、
「冬めく、小春(日和)、木葉髪、寄せ鍋、咳、移民の日」
私は、それこそ小学生の時に祖母と一緒に
結構長い間川柳を習っていたのですが、
やはり、季語のある俳句と川柳は一線を画すものがあり、
自分が作る句はどうしても川柳寄りになってしまう。
季語の使い方がよくわからないうえ、ブラジルで
小春日和・・・というのも暖かい日は日本より格段に
日差しが強かったりして、余計難しかったりします。
移民の日なんてそれだけで5文字。
そしてそもそも「木葉髪」って何・・・?という具合で、
結局この季語の句は一句も作れませんでした。
作るにあたって、どうもやっぱりブラジルでの生活感や、
情緒を織りまぜたくなってしまう自分。
「どういう時が情緒的なんだろ?」っていう考え方をすると、
やっぱり出てくる言葉はポルトガル語になります。
苦肉の策で、散々悩んでのコロニア語での一句。
「ポル語下手セッコセッコと乾く咳」
ちなみにセッコ=secoとは乾いた、という形容詞。
これは限りなく川柳に近いんですが、結構好評で一安心。
咳はポル語でtosseという単語で女性形なので、
その前にかかる形容詞も同じく女性形に変化し、
secaでなければならないのですが、
あえて間違っている=ポル語下手という奥深さを秘めているのですが、
さすがにそこまでは気付かれませんでした。

句会では、それぞれの句をボウルに入れ、分担して清書し、
それを回して各自それぞれお気に入りの句を選びます。
やはり、慣れている先輩方の句は面白い。
グッときたものをご紹介します。
「寄せ鍋やゆれる豆腐よ時忘れ」
これは、食べることが大好きな某芸術家の先輩。
お鍋で揺れる豆腐の映像がまじまじと浮かんできます。
ああ、美味しそう。凄い観察力だよね。
ということで、かなり評価の高かった一句。
「咳深し異人に交じり番を待つ」
これもまた某芸術家の先輩の一句。病院での一コマが連想されます。
移民してきた人が未だにブラジル人のことを「外人」と言ったりする
その感覚を感じられたりして、面白いです。
そして私が作れなかった季題「小春日和」を使っての、
NHKの駐在の方のグッとくる一句。
「小春日にとどまらなくて日焼けした」
思わず笑ってしまいました。ホントそうなんです。
あるある、そういうの!という具合で。私の準特選です。
そして、ああ、凄いなぁ、深いなぁと思ったのは、
「移民の日」と「木葉髪」での句。
「ブラジルに恋して花嫁木葉髪」
これは話を聞くと非常に深くて、戦後移民で先に移民した
日本人男性に、本当に「嫁ぐため」に移民した女性たちに関する一句。
会ったこともない男性と結婚するため、というのは、その人に
恋をしたからではなく、本当にブラジルに恋をするような
ものであった、という奥深い一句です。
そして、
「子の国と母の国あり移民の日」
「肌も目も異なる孫達木葉髪」
の二句は、本当に日系社会そのものを表現していて、
きっとここでしか出てこない作品でした。
先輩、さすがです。
というわけで、本当に楽しかったし勉強にもなったので、
これは是非続けようと。印象的だったのは、誘ってくださった
Lucioさんのひとこと。「上手い下手はあるかもしれないけれど、
やっぱり面白くないとね。」こういう考えでいてくださるので、
輪に入りやすいし、モチベーションも上がります。
次回の季題は、
「暖冬・寝酒・沢庵・月冴ゆる・冬休み」だそうです。
寝酒関係は色々書けそうな・・・
来月も非常に楽しみです:)
2010年06月21日
第2戦、コートジボアール戦@特設会場。
本日は、我らがブラジル代表の予選リーグ第2戦、
コートジボアール戦。この試合に勝てば、
決勝トーナメント進出が決まる大事な試合です。
朝9時、爆竹の音で起こされて起床。
試合は15時半からなのに、気が早いものです。
日曜日ということもあって、街は朝から黄色い
服を着た人を大勢見かけました。
我が家のとなりの薬局にいつもいる、70代のおばあちゃん↓↓

見え辛いですが、入れ歯に青・緑・黄のマニキュアを
塗ってあってお歯黒みたいになっています。
除光液で落とすんでしょうか。気合いが違います。
恐れいりました〜。
犬もこのとおり、セレソンカラーです↓↓

前回は病み上がりってこともあって、家で静かに
見ていたのですが、さすがに物足りない、ということで、
今回は、我が家の最寄りから2駅のCentro(中心街)の
特設観戦会場に行くことに。
こういうところに1人で乗り込む勇気は無いので、
São Paulo在住の研修生を誘って、いざ出陣。
みなさん、気合い入ってます。

特設観戦会場は、TVの中継でも出るんですが、
かなりの人が集まるところ。魅力的ではあるのですが、
危険だと感じたら引き返すことも覚悟していました。

が、意外と警察も多く、そこそこの安全性は確保されていました。
治安が悪いことで楽しいことができなくなることほど残念なことは
ないので、有り難い限りです。
会場到着は試合開始の1時間前だったにも関わらず、
結構前の方で見られました。前日から場所取りとかする人、
いないんだな〜と、日本との差を感じたりしているうちに、
15時半、試合開始!

国歌、ちゃんと覚えて行けばよかったなぁ・・・と反省。

真ん中の人は、研修生時代の同期、なおみちゃん↑↑
ナイスタイミングでのブラジル出張です。
楽しいのはやっぱり得点が入った時。
これは、Luis Fabianoの神の手疑惑の2点目の瞬間。
「うわ〜、二回も!」って笑いながらも得点は得点。
最高に盛り上がる会場とひとびと↓↓



後半、ファウルの連続で、試合は荒れながらもがっちり勝利。
余裕の決勝トーナメント進出決定!!!万歳!

疑惑の判定でKakáが次の試合に出られないのは不満ですが、
まだまだ代表戦が見られると思うと、嬉しい限りです。
やっぱり特設会場は、楽しさが違いました。
不思議だったのは、自分みたいな「昨日来た人」的な外国人が
そこにいてブラジルを応援していても、存在として、
違和感や他の人との心理的な隔たりを感じないこと。
ドイツとかイタリアだったら、そうはいかないのではないかと。
それがやっぱり、色々な出身の人を受け入れて発展してきた
サンパウロの魅力なのかなぁと改めて思いました。
暗くなってきたので、喜びに沸く人を横目に、帰路につくことに。
帰り道、改めて色々な人を見るのも、また楽しい。


ビールも散々飲んで、気持ち良い勝利の後のシメは、やはり、これ。

ちょーっと生焼けでしたが、そんなことは関係ありません。
・・・という余裕をかませられるのは勝ったからで、
負けてたらトボトボ帰ってたんだろうな・・・と思うと
負けて帰ることにならなくて良かった・・・と肉と幸せを
噛みしめながら。
やっぱりこんなに盛り上がるのに、代表が負けることは
あってはならないなと。なるほどな〜と思いながら、
一同、大満足のうちに帰宅しました。
期間中、もう一回ぐらい、特設会場で見られると良いな〜。
コートジボアール戦。この試合に勝てば、
決勝トーナメント進出が決まる大事な試合です。
朝9時、爆竹の音で起こされて起床。
試合は15時半からなのに、気が早いものです。
日曜日ということもあって、街は朝から黄色い
服を着た人を大勢見かけました。
我が家のとなりの薬局にいつもいる、70代のおばあちゃん↓↓

見え辛いですが、入れ歯に青・緑・黄のマニキュアを
塗ってあってお歯黒みたいになっています。
除光液で落とすんでしょうか。気合いが違います。
恐れいりました〜。
犬もこのとおり、セレソンカラーです↓↓
前回は病み上がりってこともあって、家で静かに
見ていたのですが、さすがに物足りない、ということで、
今回は、我が家の最寄りから2駅のCentro(中心街)の
特設観戦会場に行くことに。
こういうところに1人で乗り込む勇気は無いので、
São Paulo在住の研修生を誘って、いざ出陣。
みなさん、気合い入ってます。

特設観戦会場は、TVの中継でも出るんですが、
かなりの人が集まるところ。魅力的ではあるのですが、
危険だと感じたら引き返すことも覚悟していました。

が、意外と警察も多く、そこそこの安全性は確保されていました。
治安が悪いことで楽しいことができなくなることほど残念なことは
ないので、有り難い限りです。
会場到着は試合開始の1時間前だったにも関わらず、
結構前の方で見られました。前日から場所取りとかする人、
いないんだな〜と、日本との差を感じたりしているうちに、
15時半、試合開始!
国歌、ちゃんと覚えて行けばよかったなぁ・・・と反省。
真ん中の人は、研修生時代の同期、なおみちゃん↑↑
ナイスタイミングでのブラジル出張です。
楽しいのはやっぱり得点が入った時。
これは、Luis Fabianoの神の手疑惑の2点目の瞬間。
「うわ〜、二回も!」って笑いながらも得点は得点。
最高に盛り上がる会場とひとびと↓↓
後半、ファウルの連続で、試合は荒れながらもがっちり勝利。
余裕の決勝トーナメント進出決定!!!万歳!
疑惑の判定でKakáが次の試合に出られないのは不満ですが、
まだまだ代表戦が見られると思うと、嬉しい限りです。
やっぱり特設会場は、楽しさが違いました。
不思議だったのは、自分みたいな「昨日来た人」的な外国人が
そこにいてブラジルを応援していても、存在として、
違和感や他の人との心理的な隔たりを感じないこと。
ドイツとかイタリアだったら、そうはいかないのではないかと。
それがやっぱり、色々な出身の人を受け入れて発展してきた
サンパウロの魅力なのかなぁと改めて思いました。
暗くなってきたので、喜びに沸く人を横目に、帰路につくことに。
帰り道、改めて色々な人を見るのも、また楽しい。
ビールも散々飲んで、気持ち良い勝利の後のシメは、やはり、これ。
ちょーっと生焼けでしたが、そんなことは関係ありません。
・・・という余裕をかませられるのは勝ったからで、
負けてたらトボトボ帰ってたんだろうな・・・と思うと
負けて帰ることにならなくて良かった・・・と肉と幸せを
噛みしめながら。
やっぱりこんなに盛り上がるのに、代表が負けることは
あってはならないなと。なるほどな〜と思いながら、
一同、大満足のうちに帰宅しました。
期間中、もう一回ぐらい、特設会場で見られると良いな〜。
2010年06月16日
代表戦前半。
無理をすると風邪がぶり返しそうなので、
初の代表戦は家で静かに観ています。
外は笛、爆竹など、けっこうな騒ぎです。
前半戦終わって、0−0。
所謂「決定的チャンス」をまったく作れない展開に、
理想の高いこの国の人々からは、既に失望感に溢れた
コメントが相次いでいます。
「ブラジルのサッカーはどこへ行った?」
「GansoとNeymar、どこ?」
「ブラジルは小さいチームとの戦い方を知らない」など。
解説も、WEBのニュースも厳しい評価。
大手ポータルサイトのUOLのこのサイトが、
twitter的にコメントを更新してくれるのが面白い。
http://placar.copadomundo.uol.com.br/2010/jogos/?id=/2010/06/15/brasil-x-coreia-do-norte
「強いブラジルは後半戻ってきます!」
と、GLOBO。
0-0で引き分けだけはやだな・・・
後半に期待!
初の代表戦は家で静かに観ています。
外は笛、爆竹など、けっこうな騒ぎです。
前半戦終わって、0−0。
所謂「決定的チャンス」をまったく作れない展開に、
理想の高いこの国の人々からは、既に失望感に溢れた
コメントが相次いでいます。
「ブラジルのサッカーはどこへ行った?」
「GansoとNeymar、どこ?」
「ブラジルは小さいチームとの戦い方を知らない」など。
解説も、WEBのニュースも厳しい評価。
大手ポータルサイトのUOLのこのサイトが、
twitter的にコメントを更新してくれるのが面白い。
http://placar.copadomundo.uol.com.br/2010/jogos/?id=/2010/06/15/brasil-x-coreia-do-norte
「強いブラジルは後半戻ってきます!」
と、GLOBO。
0-0で引き分けだけはやだな・・・
後半に期待!
2010年06月15日
日本代表1勝と、明日に向けて。
本日10:45〜の語学学校の授業は、

駐在員の奥様方から、研修生、永住権を持つ人まで、
様々な人で構成されているこの外国人向ポル語クラス。
2月から始まり、週2で1回1時間半の時間を過ごすうちに、
結構気心知れた仲になりました。
教室に行くと早速、オリジナルtotoが黒板に。
結構皆さん悲観予想ですね〜
TVが映らないいつもの教室からわざわざ移動して観戦。

おつまみを回しながらじっくり前半戦。
前半で授業終了時間になり、みんな後半戦を見るべく
一斉に立ち去りました。お疲れ様でした〜。
用事があった私だけ1人で残って後半戦も観戦。

そして、まさかの一勝!良い裏切り方をしてくれました。
全く期待していなかったとはいえ、やはり自分の国が
勝ってくれると嬉しいものです。よし、ちゃんと次は期待しよう・・・。
今日はまだ筋トレぐらいなもんで、本番は明日、ブラジル代表戦です!
学校で、「銀行、明日2時で閉まるらしいよ」と聞いたので、
ホントにホントかなと思って注意深く街を歩いていると・・・

・・・ホントでした。これは郵便局。
「お客様へーW杯におけるブラジル代表戦中の営業について。
15時半から試合が行われる15日(火)はの営業は、
8時半〜15時までとさせていただきます。
また、11時から試合が行われる6月25日(金)に関しては、
10時半〜13時までを除き、通常通り営業致します。」
通常通り・・・っちゃ通常通りなんでしょうか。
完全に閉めるわけじゃないし。
これはブラジルのメガバンクの一角、Itau銀行↓↓

決勝トーナメントをちゃんと考慮して
欄を多めに作っているところに、意識の高さを感じます。
「予選で負けるなんて選択肢は無い」ってことでしょうか。
・・・こんな感じで、明日の街は噂どおりの展開になりそうです。
窓の外から、既にあの角笛の様な音が聞こえます。

@lancioneteにて。
頑張れ、ブラジル代表!
駐在員の奥様方から、研修生、永住権を持つ人まで、
様々な人で構成されているこの外国人向ポル語クラス。
2月から始まり、週2で1回1時間半の時間を過ごすうちに、
結構気心知れた仲になりました。
教室に行くと早速、オリジナルtotoが黒板に。
結構皆さん悲観予想ですね〜
TVが映らないいつもの教室からわざわざ移動して観戦。
おつまみを回しながらじっくり前半戦。
前半で授業終了時間になり、みんな後半戦を見るべく
一斉に立ち去りました。お疲れ様でした〜。
用事があった私だけ1人で残って後半戦も観戦。
そして、まさかの一勝!良い裏切り方をしてくれました。
全く期待していなかったとはいえ、やはり自分の国が
勝ってくれると嬉しいものです。よし、ちゃんと次は期待しよう・・・。
今日はまだ筋トレぐらいなもんで、本番は明日、ブラジル代表戦です!
学校で、「銀行、明日2時で閉まるらしいよ」と聞いたので、
ホントにホントかなと思って注意深く街を歩いていると・・・
・・・ホントでした。これは郵便局。
「お客様へーW杯におけるブラジル代表戦中の営業について。
15時半から試合が行われる15日(火)はの営業は、
8時半〜15時までとさせていただきます。
また、11時から試合が行われる6月25日(金)に関しては、
10時半〜13時までを除き、通常通り営業致します。」
通常通り・・・っちゃ通常通りなんでしょうか。
完全に閉めるわけじゃないし。
これはブラジルのメガバンクの一角、Itau銀行↓↓
決勝トーナメントをちゃんと考慮して
欄を多めに作っているところに、意識の高さを感じます。
「予選で負けるなんて選択肢は無い」ってことでしょうか。
・・・こんな感じで、明日の街は噂どおりの展開になりそうです。
窓の外から、既にあの角笛の様な音が聞こえます。
@lancioneteにて。
頑張れ、ブラジル代表!
2010年06月14日
祭りの後は。
ゲイパレードで散々楽しんだ後は、
ブラジルに来て初の、どぎつい風邪が待っていました。
パレード翌日夜から節々がどんどん痛くなり、
翌朝からはお決まりのように、高熱。
とにかく体が痛い状態が続き、日本から持ってきた
風邪薬もまったく効かず、遂に2日目、
這うように日本語が通じる徒歩3分の病院へ。
こんな、症状をちゃんと説明できるレベルの
ポルトガル語を考える余裕もない時、
日本語環境の充実しているLiberdadeは本当に有り難いです。
受診料は何故か先払いでR$110(5800円くらい)。
さらりと診察を受け、ぴらっと処方箋をもらいます。
医者の字は読みづらい、というのは万国共通なのか・・・↓↓

薬、計3種類。日本のと比べてこのサイズ。でかっ!↓↓

こんなドクターマリオみたいな薬で大丈夫なのかなぁ・・・
と思っていたら、薬のおかげですっかりよくなりました。
結局計5日間も寝込むことに。しんどすぎて
何風邪か聞くのをすっかり忘れていました。
もしかして流行りの豚だったのかなぁ・・・と。
真相は迷宮入りです。
日の光を見ない生活をしていた身には、
今日の快晴は本当に気持ちが良かったです。
本日のLiberdadeは相変わらずの凄い人。
いつもの景色と日本食?を食べるひとびと↓↓
ホント良い光!



気がついたらCopaが始まっていました。
代表戦(もちろんブラジルの)に向けて
テンションあげていきたいところです。
ブラジルに来て初の、どぎつい風邪が待っていました。
パレード翌日夜から節々がどんどん痛くなり、
翌朝からはお決まりのように、高熱。
とにかく体が痛い状態が続き、日本から持ってきた
風邪薬もまったく効かず、遂に2日目、
這うように日本語が通じる徒歩3分の病院へ。
こんな、症状をちゃんと説明できるレベルの
ポルトガル語を考える余裕もない時、
日本語環境の充実しているLiberdadeは本当に有り難いです。
受診料は何故か先払いでR$110(5800円くらい)。
さらりと診察を受け、ぴらっと処方箋をもらいます。
医者の字は読みづらい、というのは万国共通なのか・・・↓↓

薬、計3種類。日本のと比べてこのサイズ。でかっ!↓↓

こんなドクターマリオみたいな薬で大丈夫なのかなぁ・・・
と思っていたら、薬のおかげですっかりよくなりました。
結局計5日間も寝込むことに。しんどすぎて
何風邪か聞くのをすっかり忘れていました。
もしかして流行りの豚だったのかなぁ・・・と。
真相は迷宮入りです。
日の光を見ない生活をしていた身には、
今日の快晴は本当に気持ちが良かったです。
本日のLiberdadeは相変わらずの凄い人。
いつもの景色と日本食?を食べるひとびと↓↓
ホント良い光!
気がついたらCopaが始まっていました。
代表戦(もちろんブラジルの)に向けて
テンションあげていきたいところです。

